環境にやさしく,教育効果のある学生実験の授業への導入 − 高分子の合成 −
事業概要
化学実験では常に環境汚染を考慮し,実験廃液の処理を徹底している.しかし,実際には環境への排出を防ぐのはかなり難しい.例えば,塩化メチレンは学生実験で指導する所定の洗浄操作(エタノール3回,水道水3回)でも,排水中に規制値を超える量が混入してしまうことがわかった
1).環境への排出を抑制するために洗浄回数を増やすと,操作の煩雑化と実験廃液の増大を招く.我々はこの問題を解決するため,環境負荷の少ない溶媒を用いた実験法の開発に継続的に取り組み, 長年行ってきた「紅茶からのカフェイン抽出」を,有機溶媒を必要としない「クスノキからのショウノウの抽出」に変更した
2).
高分子合成としては,尿素樹脂,6,6-ナイロン,ポリスチレンを扱ってきた.現在,これらの実験の溶媒としては,ナイロンの合成では四塩化炭素を,ポリスチレンの合成では塩化メチレンやクロロホルムを使用している.これらの溶媒類が付着した器具はルールに従い,すべて使い捨てにしているが,このような状況は,廃棄器具類の埋め立てコストだけでなく,環境自体にも負の遺産となってしまうことが危惧される.そこで,昨年度「環境にやさしい高分子合成」をテーマとして,身近な高分子である吸水性ポリマーの合成の開発を行った.種々の反応条件を検討し,同じ原料から形状や機能性が異なるポリマーを合成した.
今年度は実際に授業に導入するために,教員レベルでなく学生レベルにおいて,この実験課題が円滑に,かつ充分に遂行できるように検討を重ねた. 実験テーマを通して,高分子に興味を持ち,その性質を十分に理解できるように,実際に利用されている商品である紙おむつや保冷剤などと合成品の両方を使って,その特性を比較する実験も開発した.
限られた授業時間内に全員が実験操作を完了して考察・結論まで確実に到達でき,さらに,スペース的にも問題がないようにするため,試薬をどのような形で提供するか,器具はどうするかなど具体的に検討した.実験テキストを作成し,学生に実際に実験してもらい,授業への導入が可能であること,学生に内容が伝わることを確認した.さらに,間違えやすい器具の操作の動画も作成した.
成果・今後の展望・計画等
昨年度「環境負荷の少ない溶媒を使用した吸水性ポリマーの合成法の開発」を行い,学生実験として適用し得ることがわかった.今年度は授業に実際に導入することを目的として,時間内に円滑に実験ができるように,検討を重ねた.テキストの作成も行い,来年度の授業に導入予定である.
本実験の開発により,高分子の合成を環境負荷の少ないものとすることに成功するとともに,同じ原料から異なる合成法で実験を行うことで,理論で学習した内容を実際に経験し,学習効果も十分期待される.また,吸水性ポリマーは日常生活にもかなり密接であり,紙おむつや保冷剤などの市販品と合成品を比較することで,学生が興味をもって取り組むことができると思われる.
来年度,実際の授業での運用を踏まえ,必要に応じて微調整し,よりよいプログラムとしていきたい.
我々は,環境負荷の少ない実験のみならず,思考力を養う実験,教育効果のある実験など,さまざまな視点からの実験を開発している.引き続き,新たなテーマに取り組み,発展させていきたい.
【参考文献】
1)久保田 真理,大石 毅,慶應義塾大学日吉紀要 自然科学59,15-20 (2016).
2)久保田 真理,大石 毅,慶應義塾大学 自然科学研究教育センター 2015年度 年間活動報告書,28 (2016).