ヒトデの卵成熟と初期発生(受精・卵割)の観察 †
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実験のねらいと特徴 †
ヒトデの卵成熟、受精、卵割を観察することで、『生物の初期発生過程のダイナミクス』を体験させる。
実験の流れ †
- 準備
- 材料、試薬、器具の準備
- 限られた実験時間内に卵割過程を観察できるように、一部の卵を受精させておく。 詳細は『イトマキヒトデ受精法』
- 前説明
- 棘皮動物ヒトデについて
- 減数分裂、受精、細胞分裂について
- スケッチの意義と描き方について
- 明視野顕微鏡の使い方について
- 実験中
- ヒトデの卵成熟・受精・卵割過程の観察(レンズに海水が付かないように留意させる)。
- 実験後
- レポート作成と提出
- 顕微鏡のレンズとステージの掃除
はじめに †
多くの生物は、卵と精子を介した有性生殖により新たな個体を作り出す。卵と精子は、遺伝子のセット(ゲノム)を一揃いのみ持つ生殖細胞である(図1)。精子が卵と融合し受精が成立した卵は、受精卵と呼ばれる。受精卵は分裂を繰り返すことで、細胞数を増やし、個体へと発生していく。私たちヒトにおいては、一個の受精卵から60兆個まで細胞が増殖する。各細胞は、ゲノム情報に基づき、形と機能を特異的に変化させ始め(細胞分化)、相互に作用し合うことで(細胞間相互作用)、それぞれの細胞が3次元的に構築された組織、器官を形成し(形態形成)、最終的に種に固有の形を作り出す。発生過程は、単相(n)の生殖細胞から複相(2n)の体細胞、さらに、組織、器官、個体へと階層が上る過程と特徴づけることができる。階層が上るに従って生物は複雑な構造を形成し、より高次の機能を獲得する。
発生プログラムは、受精卵のゲノムに書き込まれており、世代を超えて正確に引き継がれる。すなわち、カエルの受精卵はカエルに、ヒトデの受精卵はヒトデになる。発生の各過程では、受精卵と同じ遺伝情報を持つ細胞たちが、位置と時を間違えずに多様な遺伝子を発現する。その中でも、発生の初期過程は、受精に向けて卵が成熟し、受精が成立した後、胚を構築する細胞の数が急速に増える時期である。これらの変化を顕微鏡下でじかに観察することをとおして、刻一刻と変化する発生の初期過程のダイナミクスを体験する。
目的と課題 †
- (目的1) ヒトデ卵成熟の観察
- 課題1:卵核胞(germinal vesicle; GV)を有する未成熟卵を観察・スケッチする。
- 課題2:未成熟卵を1-メチルアデニン(1-methyladenine;1-MA)で処理し、GVが崩壊して成熟卵となる過程を観察し、成熟卵をスケッチする。
- (目的2) 受精の観察
- 課題3:受精膜の形成、および第1、第2極体の放出を観察し、受精卵をスケッチする。
- (目的3) 卵割の観察
- 課題4:2細胞期、4細胞期の胚、ならびに細胞質分裂を進行している状態の胚をスケッチする。媒精からの経過時間も記録する。
- (目的4) 精子の観察
- 課題5:ヒトデに特徴的な精子の頭部と尾部をスケッチする。
実験 †
材料 †
- イトマキヒトデ(Asterina pectinifera)の卵:
未成熟卵(1シャーレ/8人)、サンプル1(1シャーレ/1人)、サンプル2(1シャーレ/1人) - イトマキヒトデ(Asterina pectinifera)の精子懸濁液:
受精用と観察用(試験管2本/8人)
試薬 †
- 1mM1-メチルアデニン (1-MA;C6H7N5,MW=149.2):10μl/10 mlの海水中に入れた卵巣
- 海水、または人工海水(マリンアート):200 ml/8人
器具 †
- 光学顕微鏡(1台/1人)
- 直径6cmシャーレ(ヒトデ卵観察用)(2枚/1人)(サンプル1、サンプル2を入れて配布)
- パスツールピペット(3本/8人)
- ビニールテープ付きスライドガラス(1枚/1人)
- スライドガラス(1枚/1人)
- カバーガラス (2枚/1人)
- 濾紙片 (適宜)
手順 †
- 卵成熟(図4参照)
- 1-メチルアデニン(1−MA)処理していない卵巣片から、卵をスペーサー付き観察用スライドガラス(図2)上にとり、カバーガラスをかけて、濾紙で余分な海水を吸い取り、100倍で顕鏡・スケッチする(注1)。
- 15分前に1-メチルアデニン(1−MA)処理された卵巣片から得た卵(サンプル1)(図3)を、10倍の対物レンズを使ってシャーレ中で顕鏡し、GVが崩壊していく様子を観察する(注2)。顕微鏡のステージが、メカニカルステージの場合には、クレンメルで挟んだスライドガラスの上にシャーレを乗せて顕鏡することで、シャーレ中の観察位置をスムーズに変えることができる(注3)。
図3.ヒトデ卵成熟と初期発生のタイムスケジュール(19℃)(注8)
- 1-メチルアデニン(1−MA)処理していない卵巣片から、卵をスペーサー付き観察用スライドガラス(図2)上にとり、カバーガラスをかけて、濾紙で余分な海水を吸い取り、100倍で顕鏡・スケッチする(注1)。
- 極体形成・受精(図4参照)
- 卵割(図4参照)
- 30分前に媒精した卵巣片から得た卵(サンプル2)(図3)を、スペーサー付き観察用スライドガラス上にとり、カバーガラスをかけ、濾紙で余分な海水を吸い取り、100倍で顕鏡する。
- 2細胞期、4細胞期の胚を観察する。また、細胞質がくびれて、2細胞または4細胞になる過程(細胞質分裂中の様子)も観察する。各スケッチには、媒精からの経過時間を必ず記録する。
- 精子(図5参照)
ポイントやトラブルシューティング †
- 注1:卵がつぶれないように、ビニールテープで隙間を作ったスペーサー付きスライドガラスで観察する。
- 注2:シャーレのままの顕鏡では、対物レンズは10倍までにすること。レンズに海水がつかないようにくれぐれも注意する。海水がついた場合は、速やかにスタッフに伝え、レンズが腐食しないように丁寧にクリーニングする。(海水のついた部分を蒸留水で洗い、レンズペーパーを用いて、水分を完全に拭き取る)
- 注3:クレンメルがスムーズに作動するように、スライドガラス裏面に水がつかないように注意する。
- 注4:媒精約1分後に受精膜の上昇、続いて約15分後に第一、第二極体形成が生じる。比較的に速い現象であるので、見落とさないように注意する。
- 注5:経過時間は時刻ではなく、媒精からの正味の時間を記述する。
- 注6:精子の観察は、通常のスライドガラスでおこなう。ビニールテープで隙間を作ったスライドガラスでは、精子が泳ぎ回って、観察しづらい。
- 注7:開口数が比較的小さな0.05〜0.6ぐらいの対物レンズを使用している場合は、適切な大きさの遮光板(例えば10円玉やレンズの大きさに合わせた黒っぽい紙)をコンデンサーレンズ上に乗せることにより、簡易暗視野照明が得られる。
- 注8:1℃の温度上昇でも、発生は速く進行するのでタイムスケールはあくまでも目安とし、注意して観察する。
★「顕微鏡の使い方」をよく読む。生きている細胞を観察しているので、光源の熱による水分の蒸発や温度上昇は、最小限になるようにくれぐれも注意する。
実験を成功させるための留意点 †
実験前
- 必要量のイトマキヒトデを用意し、タイムスケージュール(図3)に従って、1−MA処理や媒精を行う。余裕があれば、媒精の時間を15分程度ずらしたサンプルをいくつか用意するとよい。
- 未受精卵を扱うピペットは、精子を扱うピペットとしっかり区別し、誤って、未受精卵に精子が混ざらないようにする。
実験中
- 海水をレンズに付着させないよう注意を促す。
実験後
- 顕微鏡本体とレンズに海水がついていないか確認させる。
本実験の発展 †
- 『ヒトデの受精・形態形成におけるカルシウムイオンの役割』や『ヒトデの発生過程の観察』と組み合わせることができる。
資料 †
参考映像 †
時間=1分02秒
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- 直接再生されない場合は、Windowsでは画像上で右クリック後、「対象ファイルを保存」し、保存したファイルを動画ソフトで再生してください。
- ファイル形式はmpg1です。
用語解説 †
- 有性生殖
- 精子と卵などの生殖細胞により新たな個体を作りだす方法
- ゲノム
- gene(遺伝子)とchromosome(染色体)の複合語であるゲノムgenomeは、個々の生物がもつ1組の遺伝情報を指す。
- 生殖細胞
- 新しい個体を形成し、次世代に遺伝情報を伝えうる生殖のために特別に分化した細胞。精子や卵子など。
- 核相
- 細胞1個にふくまれる染色体の状況を核相として表す。体細胞に見られるように相同染色体が存在する複相(2n)と、生殖細胞に見られるような染色体が単独で存在する単相(n)がある。
- 倍数性
- 1個の細胞に含まれるゲノムのセット数を倍数性として表す。
印刷用PDFマニュアル †
添付ファイル: ヒトデの卵成熟と初期発生の観察.pdf 7件 [詳細] starfishfig5.jpg 11件 [詳細] starfishfig4.jpg 10件 [詳細] starfishfig2.jpg 9件 [詳細] starfishfig3.jpg 7件 [詳細] starfishfig1.jpg 9件 [詳細]
Last-modified: 2009-03-22 (日) 01:37:10 (9d)