* ブラウン運動と原子の実在 [#pc9f68cf]


#ref(brownian-small.jpg,right,wrap,around,nolink)

原子論は現代科学の最も偉大な成果のひとつであろう。しかしながら、
日常生活において、物質を構成する個々の原子を目の当たりにする機会はほとんどない。

原子の存在を直接的に、手軽に観測できる実験として、ブラウン運動の観測がある。微粒子のランダムな運動を直接見ることができる。

本実験の特徴は、顕微鏡で撮影した像をPCに録画できるという点である。近年のデジタル機器の性能向上により、安価で扱いやすいシステムを構築することが可能になった。録画することによって観測は容易になり、短い授業時間のなかで、粒子の移動距離記録から解析までを終えることが可能になった。

#clear

|CCDとPCを用いて録画したブラウン運動の様子(動画)|
|CENTER:&ref(brownian.mpg);|


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#contents
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** 概要 [#p2e19a33]

ブラウン運動とは、媒質中の微粒子が、媒質を構成するミクロな自由度の影響を
受けて行うランダムな運動である。
この実験ではブラウン運動における粒子の拡散の速さを調べ、それを用い
て原子の数を数える。
//この原理は1905 年にAlbert Einstein が発表したも
//のであり、それに基づいた実験を1906〜1910 に行ったJ. B. Perrin は1926
//年のノーベル賞を受賞している。
//ブラウン運動は1827 年に生物学者のRobert Brown が顕微鏡下で水中の
//花粉の粒子が不規則な運動をすることを発見したのが通常始まりであると
//されている。初めBrown は花粉が生きていると考えたが、灰を含めあらゆ
//るものが同じような運動をすることを確かめ、その由来は違うところにあ
//ることを明らかにした。

//ブラウン運動は本質的に揺らぎであり、ランダムなものである。このよ
//うな運動の変位に注目すれば良いと気づいたのがEinstein の視点であった。
2次元面を移動する粒子について、
x、t を観察し始めたときからの変位と時間とすると、下の「Einstein の関係式」が成り立つことが知られている。

#tex(center,"\langle x^2 \rangle = 4 Dt,\quad D=\frac{RT}{6\pi r \eta N_A}")

ここでD は拡散係数と呼ばれる。r はブラウン運動する粒子の半径、η は水
の粘性係数、N&subsc{A};はアボガドロ数である。
//Einsteinの関係式で重要なのはN&subsc{A};以外の物理量
//D、 R、 T、 r、 η は全て測定で得られる
//点である。よって、原子の性質を直接測ることせずして魔法のようにN&subsc{A};
//を求められるのである。
本実験では、ブラウン運動する粒子の動きをPCに録画し、その映像からx&super{2};とtを読み取ることにより、アボガドロ数N&subsc{A};を決定する

** 特徴 [#ra215256]

//- 水とポリスチレンの選択は安全性、入手の容易さを考えたものである。また、水とポリスチレンの密度が近いこと(5%程度の差)は重要である。もし粒子の密度が水と大きく異なれば、粒子は水中で沈んだり浮いたりしてしまい、測定が困難になる。

-本実験の最大の特徴は、ブラウン運動する粒子の顕微鏡像をPCに録画し、その動画を再生して測定を行う点にある。この方式には多数の利点がある:
--大きな画面でブラウン運動の様子を追えるので、疲労が少なく、確実な測定ができる。
--録画してあるので、何回でも測定のやりなおしができる。
--長時間録画しておけば、最も条件のよい時間を選んで測定できる。
//- ブラウン運動を観察するだけであれば機材は顕微鏡だけで十分である。しかし、粒子の
//運動を測定するとなると顕微鏡では正確に位置を測定するのは困難であり、可能であった
//としても眼は疲労する。よって投影して測定するのが良い。
//- 投影して見る場合には録画ができた方が実験は大いに行いやすい。なぜならば、観測途
//中に粒子を見失ったりすることが起こりやすいが、録画されていればもう一度再生でき
//るからである。
//- 録画することのもう一つの大きな利点は長めに録画してあれば良い状況での観測がしやすいことにある。現実には実験室は理想的状況にはあらず、机が揺れたり、粒子が流れるように運動したりと色々問題が起きる。このような場合に長めに録画してあれば、良い状況での観測データを選びやすい。
//- 録画の媒体としてはDVD プレーヤーとTV モニタかキャプチャーユニットとPC の組
//合わせが考えられる。後者を選んだのは、PC の方が汎用性が高く、他の実験でも利用で
//きる可能性が高いのが主たる理由である。また、後者の方が収納時に小さくできるとい
//うのも軽視できない理由である。コスト的にはおおむね同じである。
- 粒子の軌跡は画面にOHP用紙を貼り付けてその上にペンで記録する事にした。コンピューターで直接読み取った方が精度は高いとは思われるが、この比較的原始的な方法を選んだ理由は以下の通りである。
-- 何をしているかが誰でも理解できる。
-- PC が不得意でも確実にこなせて、不必要な負担が増えない。
-- OHP用紙はレポートと一緒にして提出できる。
//- 短時間で実験を終えられることを重視した。本学では解説からレポート提出まで全て含めて3時間しかかかっていない。実験部分のみなら、一コマ(90分)で終わらせることも十分可能である。

** 装置 [#gc609ecf]

- 詳細については、[[実験マニュアル>#manual]]を参照

|CENTER:CCDカメラと顕微鏡&br;&ref(scope.jpg,nolink);|CENTER:キャプチャーユニット&br;&ref(video.jpg,nolink);|
|CENTER:PC&br;&ref(pc.jpg,nolink);|CENTER:試験溶液&br;&ref(eki.jpg,nolink);|


** 実験の流れ [#g60d532d]

- 詳細については、[[実験マニュアル>#manual]]を参照

|~画像|~手順|
|#ref(all.jpg,nolink)|装置全体図|
|#ref(sheet-hari.jpg,nolink)|PCのLCD画面に、測定用の&br;透明シートを貼りつける|
|#ref(scale.jpg,nolink)|対物微尺の像。&br;粒子の移動距離を測る基準として用いる|
|#ref(brownian-small.jpg,nolink)|ブラウン運動の様子をPCに録画する|
|#ref(sheet.jpg,nolink)|測定後のシート|








** 実施時の注意点 [#zdae1961]

- 学生が顕微鏡の扱いに慣れていないせいもあって、ピント合わせに時間がかかる場合が多い。前もって対物微尺の目盛の全体図を示しておけば、顕微鏡でどの部分を見ているかが把握でき、作業が進みやすい。
- 溶液中に、特定の方向への「流れ」が発生してしまうことが多い。熟練すれば目で見分けることができるが、学生は気づかないまま測定を進めてしまうことがあるので注意する。録画した映像のなかで、流れていない箇所を選ぶ。
- 溶液をのせたプレパラートを用意しておくと効率が良い。あまり早く準備すると水が蒸発したり、粒子が沈殿したりしてしまうので、実験の数時間前までが良いであろう。
- 
 

** 発展 [#a8368afc]

- アインシュタインの式が成り立つ前提として、測定するサンプルが十分多いこと、測定時間が十分長いことが必要である。従って、時間がある場合には測定時間とサンプル数を増やすと、良い結果が期待できる。
- 異なる種類の粒子に関して測定を行えば、ブラウン運動の現象が試験粒子の種類に依存しないことが検証できる。グループごとに異なる粒子を用いると効率的である。
- 学生のレポート提出が後日でよい場合は、クラス全体でのデータを集計させ、平均したものを提出させるとよい。これにより個々のグループにおける統計の不足が多少補われる。
- 拡散係数Dは粘性係数の変化に対してsensitiveなので、水以外の溶媒で実験ができれば面白い。
- ブラウン運動は、数学的にはランダムウォークでよく記述できる。コンピューターシュミレーションを行った結果と、実験で得られた映像を比較できれば、統計力学への興味を喚起するであろう。理系の学生に対しては、プログラミングを行わせることも可能であろう。
- 簡単のために溶液の温度として室温を用いたが、実際には溶液は顕微鏡の光によって加熱されているはずである。溶液の温度を精度よく測定し、粘性の温度依存性も考慮に入れれば、精度の向上が期待できる。

** 実験結果 [#e170dfec]

-データ集計の詳細については、[[物理学実験/データの集計について]]を参照

//本学の授業で提出された学生実験レポートから、データを集計した。

|~測定量|~アボガドロ数|
|標本数|236|
|標本平均|4.7 x 10&super{23};|
|標準偏差|4.0 x 10&super{23};|
|文献値|6.0 x 10&super{23};|

#br

#ref(brown.txt.gif,center,nolink)

//-標準誤差の範囲内においても、標本平均と文献値は一致しない。
-ヒストグラムを一見してわかるとおり、標本の分布は正規分布から大きくはずれている。とくに、左側に山がある。この左側の「山」は、溶液の一定方向への流れに起因すると考えられる。
-2006年度前期の実験にて、プレパラートの周囲にマニキュアを塗ることにより、溶液の流れを防ぐ対策を行った。この対策の効果を評価するため、前期授業終了後に再びデータ集計を行う予定である。

**アンケート [#v40cd403]

2005年度後期の受講者を対象に、実験の感想に関するアンケートを行った。

[[物理学実験/ブラウン運動と原子の実在/アンケート結果]]

** 参考文献 [#r713bd21]
-[["ブラウン運動観測の学生実験について", 青木健一郎 柴崎彬, 慶應義塾大学日吉紀要 自然科学 No.39(2006), p.21-52.>http://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/detail.php?koara_id=AN10079809-20060000-0021]]
-[["ブラウン運動観測の学生実験について", 青木健一郎 柴崎彬, 慶應義塾大学日吉紀要 自然科学 No.''39'' (2006), p.21-52.>http://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/detail.php?koara_id=AN10079809-20060000-0021]]


** 実験マニュアル [#nb4d2d4b]

//[[物理学実験/著作権について]]をご一読ください。

>ダウンロード: &aname(manual);&ref(ブラウン運動と原子の実在.pdf);


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RIGHT:[[物理学実験/著作権について]]

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