* ヒトデの卵成熟と初期発生(受精・卵割)の観察 [#pec11ec6]
RIGHT:SIZE(9){画像をクリックすると拡大表示されます。}
#ref(生物学実験/タイトル画/Tヒトデ.jpg,exif,right,wrap,around);
#contents

** 実験のねらいと特徴 [#k250a2a5]
ヒトデの卵成熟、受精、卵割を観察することで、『生物の初期発生過程のダイナミクス』を体験させる。
*** 実験の流れ [#v64d0bc4]
+ 準備
++ [[材料>#mate]]、[[試薬>#chem]]、[[器具>#inst]]の準備
++ 限られた実験時間内に卵割過程を観察できるように、一部の卵を受精させておく。
詳細は[[『イトマキヒトデ受精法』>生物学実験/イトマキヒトデの受精法]]
+ 前説明
++ 棘皮動物ヒトデについて
++ 減数分裂、受精、細胞分裂について
++ [[スケッチの意義と描き方>生物学実験/スケッチの描き方]]について
++ [[明視野顕微鏡の使い方>生物学実験/顕微鏡の使い方]]について
+ 実験中
++ ヒトデの卵成熟・受精・卵割過程の観察(レンズに海水が付かないように留意させる)。 
+ 実験後
++ レポート作成と提出
++ 顕微鏡のレンズとステージの掃除

** はじめに [#r0375ccf]
多くの生物は、卵と精子を介した[[有性生殖>#term1]]&aname(term1r);により新たな個体を作り出す。卵と精子は、遺伝子のセット([[ゲノム>#term2]]&aname(term2r);)を一揃いのみ持つ[[生殖細胞>#term3]]&aname(term3r);である([[図1>#fig1]])。精子が卵と融合し受精が成立した卵は、受精卵と呼ばれる。受精卵は分裂を繰り返すことで、細胞数を増やし、個体へと発生していく。私たちヒトにおいては、一個の受精卵から60兆個まで細胞が増殖する。各細胞は、ゲノム情報に基づき、形と機能を特異的に変化させ始め(細胞分化)、相互に作用し合うことで(細胞間相互作用)、それぞれの細胞が3次元的に構築された組織、器官を形成し(形態形成)、最終的に種に固有の形を作り出す。発生過程は、単相(n)の生殖細胞から複相(2n)の体細胞、さらに、組織、器官、個体へと階層が上る過程と特徴づけることができる。階層が上るに従って生物は複雑な構造を形成し、より高次の機能を獲得する。
|CENTER:&ref(starfishfig1.jpg);&aname(fig1);|
|CENTER:''図1.卵と精子の形成過程における[[核相>#term4]]&aname(term4r); および[[倍数性>#term5]]&aname(term5r); の変化''|
発生プログラムは、受精卵のゲノムに書き込まれており、世代を超えて正確に引き継がれる。すなわち、カエルの受精卵はカエルに、ヒトデの受精卵はヒトデになる。発生の各過程では、受精卵と同じ遺伝情報を持つ細胞たちが、位置と時を間違えずに多様な遺伝子を発現する。その中でも、発生の初期過程は、受精に向けて卵が成熟し、受精が成立した後、胚を構築する細胞の数が急速に増える時期である。これらの変化を顕微鏡下でじかに観察することをとおして、刻一刻と変化する発生の初期過程のダイナミクスを体験する。
** 目的と課題 [#g6890b12]
- ''(目的1) ''ヒトデ卵成熟の観察
-- ''課題1'':卵核胞(germinal vesicle; GV)を有する未成熟卵を観察・スケッチする。
-- ''課題2'':未成熟卵を1-メチルアデニン(1-methyladenine;1-MA)で処理し、GVが崩壊して成熟卵となる過程を観察し、成熟卵をスケッチする。
- ''(目的2) ''受精の観察
-- ''課題3'':受精膜の形成、および第1、第2極体の放出を観察し、受精卵をスケッチする。
- ''(目的3) ''卵割の観察
-- ''課題4'':2細胞期、4細胞期の胚、ならびに細胞質分裂を進行している状態の胚をスケッチする。媒精からの経過時間も記録する。
- ''(目的4) ''精子の観察
-- ''課題5'':ヒトデに特徴的な精子の頭部と尾部をスケッチする。
** 実験 [#u68ae64b]
***材料&aname(mate); [#t72c5465]
-''イトマキヒトデ('''Asterina pectinifera''')の卵'':&br;未成熟卵(1シャーレ/8人)、サンプル1(1シャーレ/1人)、サンプル2(1シャーレ/1人)
-''イトマキヒトデ('''Asterina pectinifera''')の精子懸濁液'':&br;受精用と観察用(試験管2本/8人)
***試薬&aname(chem); [#ed3a06a7]
-''1mM1-メチルアデニン (1-MA;C6H7N5,MW=149.2)'':10μl/10 mlの海水中に入れた卵巣
-''海水、または人工海水(マリンアート)'':200 ml/8人
***器具&aname(inst); [#xc6b4cc7]
-''[[光学顕微鏡>生物学実験/顕微鏡の使い方]]''(1台/1人)
-''直径6cmシャーレ(ヒトデ卵観察用)''(2枚/1人)(サンプル1、サンプル2を入れて配布)
-''パスツールピペット''(3本/8人)
-''ビニールテープ付きスライドガラス''(1枚/1人)
-''スライドガラス''(1枚/1人)
-''カバーガラス'' (2枚/1人)
-''濾紙片'' (適宜)
***手順 [#f7a7d8d5]
+''卵成熟''([[図4>#fig4]]参照) 
++1-メチルアデニン(1−MA)処理していない卵巣片から、卵をスペーサー付き観察用スライドガラス([[図2>#fig2]])上にとり、カバーガラスをかけて、濾紙で余分な海水を吸い取り、100倍で顕鏡・スケッチする([[注1>#attention1]]&aname(attention1r);)。
#br
|CENTER:&ref(starfishfig2.jpg);&aname(fig2);|
|CENTER:''図2.スペーサー付き観察用スライドガラス''|
#br
++15分前に1-メチルアデニン(1−MA)処理された卵巣片から得た卵(サンプル1)([[図3>#fig3]])を、10倍の対物レンズを使ってシャーレ中で顕鏡し、GVが崩壊していく様子を観察する([[注2>#attention2]]&aname(attention2r);)。顕微鏡のステージが、メカニカルステージの場合には、クレンメルで挟んだスライドガラスの上にシャーレを乗せて顕鏡することで、シャーレ中の観察位置をスムーズに変えることができる([[注3>#attention3]]&aname(attention3r);)。
#br
|CENTER:&ref(starfishfig3.jpg);&aname(fig3);|
|CENTER:''図3.ヒトデ卵成熟と初期発生のタイムスケジュール(19℃)''([[注8>#attention8]]&aname(attention8r);)|
#br
+''極体形成・受精''([[図4>#fig4]]参照)
++GVが崩壊したサンプル1のシャーレ中の卵細胞に、精子液を1滴加える。加えた時間をすぐに記録する。
++シャーレを静かに揺すって精子を撹拌し、その後に生じる受精膜、第一極体、第二極体の形成を10倍の対物レンズを使ってシャーレ中で速やかに観察する([[注4>#attention4]]&aname(attention4r);)。
++各スケッチには、媒精からの経過時間を必ず記録する([[注5>#attention5]]&aname(attention5r);)。
+''卵割''([[図4>#fig4]]参照)
++30分前に媒精した卵巣片から得た卵(サンプル2)([[図3>#fig3]])を、スペーサー付き観察用スライドガラス上にとり、カバーガラスをかけ、濾紙で余分な海水を吸い取り、100倍で顕鏡する。
++2細胞期、4細胞期の胚を観察する。また、細胞質がくびれて、2細胞または4細胞になる過程(細胞質分裂中の様子)も観察する。各スケッチには、媒精からの経過時間を必ず記録する。
#br
|CENTER:&ref(starfishfig4.jpg);&aname(fig4);|
|CENTER:''図4.イトマキヒトデの卵成熟と初期発生''|
#br
+''精子''([[図5>#fig5]]参照)
++通常のスライドガラス上に精子液を1滴落とす。
++カバーガラスをかけ、余分な海水を濾紙で吸い取り、600倍(対物レンズ40倍×接眼レンズ15倍)で顕鏡する([[注6>#attention6]]&aname(attention6r);)。コンデンサーのフィルター上に遮光板を入れることで、簡易的な暗視野照明が可能になり、精子の頭部や尾部の形態が明瞭に観察できる([[注7>#attention7]]&aname(attention7r);)。
#br
|CENTER:&ref(starfishfig5.jpg,,50%);&aname(fig5);|
|CENTER:''図5.イトマキヒトデの精子(微分干渉像)''|
#br
*** ポイントやトラブルシューティング [#w0b19287]
- &aname(attention1);[[注1>#attention1r]]:卵がつぶれないように、ビニールテープで隙間を作ったスペーサー付きスライドガラスで観察する。
- &aname(attention2);[[注2>#attention2r]]:シャーレのままの顕鏡では、対物レンズは10倍までにすること。レンズに海水がつかないようにくれぐれも注意する。海水がついた場合は、速やかにスタッフに伝え、レンズが腐食しないように丁寧にクリーニングする。(海水のついた部分を蒸留水で洗い、レンズペーパーを用いて、水分を完全に拭き取る)
- &aname(attention3);[[注3>#attention3r]]:クレンメルがスムーズに作動するように、スライドガラス裏面に水がつかないように注意する。
- &aname(attention4);[[注4>#attention4r]]:媒精約1分後に受精膜の上昇、続いて約15分後に第一、第二極体形成が生じる。比較的に速い現象であるので、見落とさないように注意する。
- &aname(attention5);[[注5>#attention5r]]:経過時間は時刻ではなく、媒精からの正味の時間を記述する。
- &aname(attention6);[[注6>#attention6r]]:精子の観察は、通常のスライドガラスでおこなう。ビニールテープで隙間を作ったスライドガラスでは、精子が泳ぎ回って、観察しづらい。
- &aname(attention7);[[注7>#attention7r]]:開口数が比較的小さな0.05〜0.6ぐらいの対物レンズを使用している場合は、適切な大きさの遮光板(例えば10円玉やレンズの大きさに合わせた黒っぽい紙)をコンデンサーレンズ上に乗せることにより、簡易暗視野照明が得られる。
- &aname(attention8);[[注8>#attention8r]]:1℃の温度上昇でも、発生は速く進行するのでタイムスケールはあくまでも目安とし、注意して観察する。&br;
★[[「顕微鏡の使い方」>生物学実験/顕微鏡の使い方]]をよく読む。生きている細胞を観察しているので、光源の熱による水分の蒸発や温度上昇は、最小限になるようにくれぐれも注意する。
#br
*** 実験を成功させるための留意点 [#o20f62e1]
'' 実験前''
- 必要量のイトマキヒトデを用意し、タイムスケージュール([[図3>#fig3]])に従って、1−MA処理や媒精を行う。余裕があれば、媒精の時間を15分程度ずらしたサンプルをいくつか用意するとよい。
- 未受精卵を扱うピペットは、精子を扱うピペットとしっかり区別し、誤って、未受精卵に精子が混ざらないようにする。

'' 実験中''
- 海水をレンズに付着させないよう注意を促す。

'' 実験後''
- 顕微鏡本体とレンズに海水がついていないか確認させる。
** 本実験の発展 [#zed5204e]
- 『ヒトデの受精・形態形成におけるカルシウムイオンの役割』や『ヒトデの発生過程の観察』と組み合わせることができる。

**資料 [#a5878676]
*** 参考映像 [#w90343e7]
#ref(生物学実験/タイトル画/ヒトデタイトル.jpg,center,360x240,link:生物学実験/動画/ヒトデ/starfishmpg.mpg)
RIGHT:時間=1分02秒
-画像をクリックするとPC内の動画再生ソフトにより直接動画が再生されます。もし、直接再生されない場合は、Windowsでは画像上で右クリック後、「対象ファイルを保存」し、保存したファイルを動画ソフトで再生してください。
-画像をクリックするとPC内の動画再生ソフトにより直接動画が再生されます。
-直接再生されない場合は、Windowsでは画像上で右クリック後、「対象ファイルを保存」し、保存したファイルを動画ソフトで再生してください。
-ファイル形式はmpg1です。

*** 用語解説 [#f4d8fd81]
:&aname(term1);[[有性生殖>#term1r]]|精子と卵などの生殖細胞により新たな個体を作りだす方法

:&aname(term2);[[ゲノム>#term2r]]|gene(遺伝子)とchromosome(染色体)の複合語であるゲノムgenomeは、個々の生物がもつ1組の遺伝情報を指す。

:&aname(term3);[[生殖細胞>#term3r]]|新しい個体を形成し、次世代に遺伝情報を伝えうる生殖のために特別に分化した細胞。精子や卵子など。 

:&aname(term4);[[核相>#term4r]]|細胞1個にふくまれる染色体の状況を核相として表す。体細胞に見られるように相同染色体が存在する複相(2n)と、生殖細胞に見られるような染色体が単独で存在する単相(n)がある。

:&aname(term5);[[倍数性>#term5r]]|1個の細胞に含まれるゲノムのセット数を倍数性として表す。

*** 印刷用PDFマニュアル [#k1cc0a78]
&ref(ヒトデの卵成熟と初期発生の観察.pdf);

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