金属イオンの系統分析

実験の紹介

実験の目的とねらい

エジプトの神官の模造技術(合金やメッキ)から始まった錬金術は中世になってもまだ続いていた。この錬金術を止めたのは、イギリスの物理化学者ボイル(R. Boyle)であった。彼は1661年に『懐疑的化学者』という本を出版して、自ら実験した結果も紹介しながら錬金術(当時は塩と硫黄と水銀との反応により金が生成できるとされていた)は不可能であることを示した。それまでは、金属などの分析方法としては乾式の方法しかなかったが、ボイルは溶液中の沈殿反応を利用して分析する方法を説いた。つまり、金属イオンの反応はかなり昔から知られていたが、基礎的でかつ重要な意味をもっていたのである。

実験内容

第1、2、3属金属イオンそれぞれについて、同属のイオン数種類が混在した水溶液を試料として、分属試薬などを加えながら「沈殿」「ろ液」の形で各金属イオンごとに分離する。また、各金属イオンについての化学的知識をもとに同定する。これとは別に第1、2、3属の中から計3種類の金属イオンを含む試料を「未知試料」として、実際に系統分析を行い結果を報告する。

実験上の注意

【第1属金属イオン】
<実験開始前の準備>
[使用器具および試薬]
・第1属混合液(Hg22+入りか、Hg22+なしかに注意。もしHg22+入りの混合液を使う場合、廃液タンクを別にする)。
・フェノールフタレイン
・3M K2CrO4
・ろ紙(90 mm)
個人器具および机上試薬

<実験開始時の注意>
・沈殿をろ紙上に移すときに、ガラス棒でけん濁させないと、試験管の底に残ってしまう。
・硫酸鉛PbSO4の沈殿は析出するまでに時間がかかる。

<失敗例>
・鉛イオンの検出が不明確。(理由:お湯がぬるかったためPbCl2が溶けなかった。あるいはP1の洗浄で濃塩酸を薄めずに使ったためAgClやPbCl2が溶けた可能性もある)。
・沈殿P2がアンモニア水をかけても、溶け残る。(理由:沈殿にゆっくり滴下しないため)。

【第2属金属イオン】
<実験開始前の準備>
[使用器具および試薬]
・第2属混合液(すでにH2Sを通気し黒沈を生じたもの)
・3M K2CrO4
・1M K4[Fe(CN)6]
・1M SnCl2
・ろ紙(90 mm)
・H2S水

[試薬の調整]
・第2属試料の作成(前日):試験管に1.5ml位の試料(第2属混合液)を入れ、H2S(ボンベ)を通す。沈殿がサラサラになり、上澄みが無色透明になるまでH2Sを通気する。(約15〜20秒)。当日上澄みが青くなっていたらH2Sを再通気する。
・H2S水の作成:500ml三角フラスコに蒸留水を入れ、H2Sを通気する。(約20秒)。
・SnCl2の作成(実験数日前):SnCl2をHClに溶解すると白色沈殿を生じるので、よく攪拌した後ろ過する。透明になったことを確認してから、粒状のスズを2〜3粒入れる。

[実験開始前の注意]
・硝酸の量がはじめから少なく、P1が十分に溶けない人が多い。(もし、沸騰しても溶けないときは、6MHNO3を少し加える)。
・F2を加熱濃縮するときに、濃硫酸が飛び散らないようにする。

<失敗例>
・Pb2+の検出が不明確であった。(理由:F2の加熱濃縮が不足していた)。
・亜スズ酸ナトリウム液を作るところで、SnCl2を1滴でなくて1ml入れて作ったため、ろ紙とろ液に白沈した。(対策:亜スズ酸ナトリウム液を作り直すと黒く反応する)。

【第3属金属イオン】
<実験開始前の準備>
[使用器具および試薬]
・第3属混合液
・3% H2O2
・1M K4[Fe(CN)6]
・1M KSCN
・フェノールフタレイン
・1M Pb(CH3COO)2
・アルミノン試薬
・ろ紙(90 mm)

[試薬の調整]
・3% H2O2は、35% H2O2を約10倍に希釈する。(実験時以外は冷蔵庫に保存する)。

[実験開始前の注意]
・アルミノン試薬による沈殿反応は、沈殿が無色透明でわかりにくい。

<失敗例>
・P1を塩酸でなく、硫酸で溶かしてしまった。

【未知金属イオン】
<実験開始前の準備>
[使用器具および試薬]
・第1属〜第3属実験に用いた試薬すべて。
・ろ紙(90 mm)
・H2S水
・H2Sボンベ

[試薬の調整]
・H2Sボンベの口(ガラス管)は、使用のたびにその都度流水で洗浄して使うこと。
・未知試料を専用試験管に学生の人数分用意する。(各5mlくらい)。試験管につけた番号とその金属イオンの対応表に従い、各試料中に金属陽イオンを3種類入れる。(3属のイオンは0または1種類とする)。

[実験開始前の注意]
・沈殿の洗浄を行う場合、ろ紙についているろ液も洗い流すこと。
・分析は1属が完了してから2属へ進むこと。
・1属、2属の段階で3種類見つかっても、必ず3属の沈殿生成の有無を確認すること。
・残った未知試料はそのまま返却する。
・判定上の注意
Pb2+ : PbCrO4(黄色沈殿) だいだい色でにごっているようならば、Pb2+ではない。
    (Bi3+ + CrO42- → 黄色沈殿 /  Cu2+ + CrO42- → 橙色沈殿)
Fe3+ : 弱い呈色の場合は外から混入したと考えられる。(H2Sを通すときなど)。
Al3+ : この判定が非常に難しい。3属の沈殿が無色の場合、ろ別し水洗い後、酢酸で溶かし、アルミノン試薬で沈殿させる。

<失敗例>
・Cr3+のH2O2による酸化が不充分のため、PbCrO4(黄色沈殿)として検出されなかった。
・Al3+ の濃度が薄いため、水酸化物の沈殿の粘性が弱く、沈殿の有無の判定が不明確となった。

実験テーマの履歴など

慶應義塾大学日吉キャンパスの文系学生を対象とする化学実験において、この実験テーマが開始されたのは1949年の新制大学(文、経、法、工学部)発足の翌年以降と推定されます。実験操作の内容は参考文献(1)に記載されています。 なお、重金属イオン、特に水銀による環境汚染を引き起こさないように注意する必要があります。また、業者による回収を依頼する場合でも廃液タンクを別にし、使用したろ紙も回収する必要があります。環境汚染をさけるためには、試料溶液に水銀イオンを含めない方がいいです。本実験では、操作および観察がしやすいように、やや多めの試料溶液を使っていますが、環境対策としては、セミミクロ分析の方がいいでしょう(2)。また、第2属金属イオンの分属試薬として硫化水素を使うことになっていますが悪臭の問題があり、代わりに硫化アンモニウムを使う方法も知られています(2)。 以上の理由により、本実験テキストを使用して金属イオンの系統分析の実験を行なう場合には、第1属金属イオン(ただし水銀イオンを含まない)の分離・分析だけにとどめておくのが無難です。

参考文献
(1)「大学課程 一般化学」佐々木洋興、辻岡昭、膳昭之助、大矢徹 共著(オーム社、1968年).湿式法による陽イオンの定性分析[実験1]-[実験4]、pp.254-263.
(2)「化学実験」名古屋工業大学化学教室編 (学術図書出版1990年).無機定性分析、pp.28-33.

実験テキスト

file01.金属イオンの系統分析.pdf


添付ファイル: file01.金属イオンの系統分析.pdf 1619件 [詳細]

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Last-modified: 2008-12-15 (月) 17:08:37 (105d)